プロフィール

 

 

 

マダムレジーナという名前は、私が、占いの勉強を始めて、いろいろ考えているときに、イタリア語で女王という意味の言葉に魅かれてつけました。

人間ですから、私自身もいろいろなことに悩み、なぜ、生まれてきたのか、私の使命はなんなのか?と考え悩んだ時期もありました。
悩んでいた私でしたが、行動を起こすことで、たくさんの人と出会い、その中でだんだん、導かれるように私の歩む方向が見えてきました。

その中で、チャクラ活性やレイキや星平会海を学んだことや、シャーマニック ハイパー トランスの勉強・体験を通して、人を癒すということに確信が持てるようになりました。
そして占いを進めていくうちに、占いでの一言で人生を左右されてしまっている人や、依存している人が多いことに気が付き、私自身のもって生まれた洞察力と直観力を生かし、占いを上手に使って人生を開運できるアドバイスをしたいと思い、開業しました。

運命は変えられます。
愛のある言葉で人生をよりよいものにするお手伝いをいたします。

 

マダム・レジーナ

プロフィール生年月日:19××年8月6日
出身地:埼玉県
星座:獅子座
血液型:O型

フォーチュンソフト 統合運命学 認定ライセンス取得
東洋美容協会主任講師 (催眠カウンセラー)
メンタル心理カウンセラー
嘉祥流観相士
チャクラヒーラー
シータヒーリング・プラクティショナー【基礎DNA・応用DNA・アバンダンス・ソウルメイト・リズム・ワールドリレーションズ・病気と障害・インチュイティブ・アナトミー・DNA3修了】
シータヒーリング・インストラクター【基礎DNA・応用DNA・アバンダンス・ソウルメイト・リズム】
レイキティーチャー(臼井式・クンダリーニレイキ)

生い立ち

2歳半のとき、現在の養父母に引き取れました。
この時の家族構成は、父、母、父方の母(祖母)と私の4人暮らしで、
一見、一人っ子なのですが、世間でいう一人っ子とは違うところがあります。

子供心に、実の両親ではないことを何となく気が付いていました。
『何かが違う、私の本当の両親はどこかにいるんだ』という気持ちが幼い私の気持ちの中に常にあったと思います。
いとこたちといつも比べられ、父は仕事人間で、私と会話をする時間もなく父と遊んだ記憶もありません。

母は姑からいびられながらも、家で和裁の仕立てをやっていたが、ストレスがたまると私に対して体罰がありました。祖母は内孫の私をかわいがることはせず、何をしても厳しく言われる日々でした。
大人たちの顔色を常に気にしている子供で、欲しいものがあっても買ってほしいということも言えない、自己主張もできない、そんな幼少期を過ごした私でした。

中学校時代の私は、誰からも愛されていない、必要とされていない、何のために生まれてきたのか、そんなことを思うようになり、いっそのことこの世からいなくなろうか… なんてよく考えた時代でもありました。

17歳の時、当時は高校の卒業証書を書いてもらうのに、戸籍抄本を学校に提出する習慣があり、その時に、養母から、事実を告げられ、『あんたはこの家の子として生まれたわけではないけど、生みの親より育ての親という言葉があるからね。卑屈になることはなく、この家の子だと思っていなさい。私たちの目が黒い間は、実の両親のところに逢いに行くのはやめてほしい』と言われました。
私の気持ちの中では『やっぱり…』という思いのほうが強かったです。

でも、それはそれでかなりショックで、声を上げて泣いていました。
本当の両親はどこに?という気持ちから、戸籍抄本を見て、実父の所在は確認でき、電話帳にも電話番号が載っていたので、控えておいたが、結局、養母の言葉を思い出し、会いにも行けず、電話もできませんでした。

一日も早く、家を出たくて、短大に進学するのにあたり一人暮らしを望んだが、お金もかかることだったので、許してはもらえなかったです。
どうしたら、家をでられるかいろいろ考えた末、早く結婚すれば家を出られるという結論に至り、22歳のとき、社内結婚をしました。

24歳で双子の女の子を出産。
30歳で男の子を出産。

結婚して、子供をもつと、親の気持ちもわかるようになりましたが、なぜ実の両親は私を生んだのか?なぜ離婚したのか?なぜ養女にだされたのか?という疑問はいつも頭の中にありました。

45歳の時、実父の奥さんから手紙が届き、そこには、実父が1年前に亡くなったこと、私の消息を調べ、やっと手紙を出すことができた、
そして一周忌の法要もあるので、線香をあげに来てほしいという内容でした。
私の中ではいつか、こういう日がくるだろうと思っていましたが、実際手紙を受け取ると、もう少し早く知らせてくれたらと、残念な気持ちがいっぱいになったのと、事実を目の当たりにしてショックな気持ちから涙がでました。

いまさら会いに行くのもどうなのかなと迷いましたが、実父の顔を見てみたい、私が幼いころ過ごした家も見てみたいと思い、埼玉県のK市を訪ねることにしました。そこの家には、奥さんと息子さんがいて、私にとって、息子さんは腹違いの弟になります。
いきなり私に弟の存在がわかったので、とても不思議な気分になりました。
おくさんも弟も私の存在は知らなかったようで、実父が亡くなって、戸籍をみて初めて存在を知ったということです。

隣が実家ということで、いとこたちや、叔母に逢いに行きました。向こうは私の幼いころを知っているので、懐かしさでいろいろ話してくれましたが、私は幼すぎて記憶がなく、ただ聞き入るばかりでした。その時に叔母から『あんたはもらわれていってよかったんだ。』と言われた時は、私の気持ちも知らないで…と悔しい思いになりました。
生きているうちに逢いたかった、と、仏壇の写真を見ながら心の中でつぶやいた私でした。

そこで私は、まだ所在が分からない実母を探すことにし、行政書士さんにお願いしたところ、東京都下に住んでいるということがわかりました。
思い切って手紙を出すことにし、何日か後に携帯に着信があり、折り返し電話をしましたが、今度は電話口に出てもらえませんでした。
でも、いつかは会えると思い、その時はそっとしておくことにしました。

49歳の時、売り上げ低迷で人員削減から外資系の会社をリストラされました。
いくら不況の折とはいえ、リストラをされた私は多少なりともショックはありました。

そこから私っていったいなんなのだろう… 私が生まれてきた理由って?という疑問が大きくなってきて、占いの世界に足を踏み入れることとなりました。

まずははじめに、タロット占いを習うことにした。
ここの先生には何度か鑑定をしてもらっていて、あるとき、『あなたは騙されやすいから、タロットを習いなさい。迷った時はタロットを活用できるようになるといいわよ。』ということで伝授していただきました。

次に、もっと自分の本質を知りたくなり、星平会海、人相学を勉強しました。エネルギーワークにも取り組み、レイキ、チャネリング、催眠セラピー、
心理学も学びました。

そして、2011年、年初めに一本の電話をもらいました。それは実母の息子さんからでした。
『あなたからの手紙を見つけたので、連絡をした次第です。母が2010年10月に他界しました。母はあなたと会ったのですか?』思わぬところからの電話でした。話をしているうちに涙がこぼれて止まりませんでした。あの時直接会っていればと悔やまれましたが、これも運命なのだと自分に言い聞かせていました。

自宅まで、お線香をあげに伺うと、そこには亡くなった実母の写真が飾られていて、とても幸せそうでした。
種違いの弟2人がいますが、それぞれが家庭をもち、暮らしています。
彼らは全く私の存在について知りませんでした。一目見て、似てる!!ってみな声をそろえて言っていました。不思議ですね。

幸いにして、弟2人もお嫁さん2人も気さくな人たちで、私を受け入れてくれて、先祖から現在までの家系のことを教えてくれました。私の中でだんだん霧が晴れてきたように感じました。

母方の祖父は、京都の寺院でシャーマン(巫師・祈祷師)であったことを聞かされ、思わずびっくりしてしまいました。私がこの半年間、学んできたことがここに通じていたんだと確信ができたからです。
そして、なぜ、私が養父母のところにもらわれていったのかも、そこで理解できました。

それまでは占ってもらう側だった私でしたが、これからは、複雑な生い立ちで悩んでいる人や、仕事、恋愛、などどうしていいかわからなく悩んでいる人のお役にたちたいと思い、サイトを立ち上げ、今後の仕事として人生をかけてアドバイスをしたいと思いました。

一人で悩まず、ご相談ください。きっと力になれると思います。
∞マダムレジーナ∞